大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成10年(ワ)4559号 判決 1999年3月30日

大阪市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

齋藤護

東京都中央区<以下省略>

被告

山一証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

吉田清悟

主文

一  被告は、原告に対し、金二四一万三八四〇円及びこれに対する平成一〇年五月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告負担とする。

四  この判決は、原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金六二三万四四七九円及びこれに対する平成一〇年五月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告の従業員に証券取引(現物取引)を一任したところ、右従業員が原告の利益を考慮しない取引をしたとして、被告に対し、民法七一五条により、右取引により受けた損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、昭和一九年○月生まれの男性で、高等学校卒業後、家業の材木商を継いで経営している者である(原告本人)。

2  原告は、平成八年六月五日、被告心斎橋支店に赴き、被告の投資相談課員であるB(以下「B」という)と面談し、被告において証券取引口座を設定し、以後、同月七日から平成九年一一月五日までの約一七ヵ月間に、別表記載の現物の証券取引(以下「本件取引」という)を行った。

3  原告は、本件取引に関し、平成八年六月五日に現金二二七万円を、同月一二日に六二〇万〇五九七円相当の証券(別表の買付・金額欄に「持込入庫」と記載のあるもの)を、同年一二月三〇日に現金二〇万円を、平成九年八月四日に現金三万一〇〇〇円を、それぞれ被告に入金し、本件取引のために合計八七〇万一五九七円を投資したが、本件取引終了後の平成一〇年二月一八日に三〇二万七一一八円の返金を受けたのみであった。

二  争点

1  被告は原告に対し、本件取引に関し、使用者責任を負うか。

(原告の主張)

(一) Bは原告に対し、平成八年六月五日、自分の担当する顧客名を列記しその殆どに利益が生じている旨が記載されているノートを示しながら、「私に任せてもらったら、このようにやります」と言って、証券取引法五〇条一項一号により禁止されている断定的判断の提供を行った。

(二) また、Bは原告に対し、右同日、「他者に預けてある株券を全部持ってきて下さい。そうしたら、こちらで運用します」と言い、証券取引法五〇条一項三号により禁止されている一任取引を勧奨した。そして、以後の取引において、Bは、原告の口座を実質的に支配し、原告の同意なしに全ての取引を行い、原告からの連絡要請にも殆ど応じなかったこと(口座の支配性)、Bがなした本件取引は、原告の投資性向に照らして過当な取引で、いわゆる年次売買回転率は一二・七回、平均月間売買回数は一二・六回、投資額に対する手数料及び取引税の比率は四四・二六パーセントに達していること(過当性)、Bが右のように過当な取引を行ったのは、原告の利益より被告の手数料収入を優先した結果であること(悪意性)、平成九年五月一日には、事実を隠蔽するため、上司のCが、原告をして無理やり、一任売買はなかった旨の確認書に署名押印させたことを総合すると、本件取引は全体として、原告に対する不法行為を構成するものである。

(三) したがって、被告は、その事業のためBを使用する者として、原告に対し、本件取引に関し、使用者責任を負う。

(被告の主張)

(一) Bは原告に対し、投資方法や相場観の話をしたにすぎず、断定的判断を提供したことはない。

(二) Bは原告に対し、当初から、一任取引を勧誘していない。本件取引において、Bが原告の口座を実質的に支配した結果、過当な取引となったのは、平成八年九月ころからである。しかし、Bには、手数料稼ぎの目的はなく、悪意性の要件は充足していない。本件取引には、悪意なき相場の見誤りも、多分に含まれている。

(三) したがって、被告は原告に対し、本件取引に関し、使用者責任を負うことはない。

2  原告の受けた損害は、いくらか。

(原告の主張)

原告は、本件取引により、前記一3の入金額と返金額との差額である五六七万四四七九円及びその約一割に相当する弁護士費用五六万円の損害を受けた。

(被告の主張)

相応の過失相殺がなされるべきである。

第三争点に対する判断

一  争点1(被告の使用者責任)について

1  断定的判断の提供

証拠(証人B、原告本人)によれば、被告の従業員であるBは、平成八年六月五日、被告心斎橋支店を訪れた原告に対し、Bがほぼ一任の形で取引を任されている顧客名を列記しその殆どに利益が生じている旨が記載されたノートを示したことが認められる。原告は、「右ノートを見て、Bに取引を一任すれば、必ず利益が生じるものと思った」旨供述するが、右ノートに記載された全ての顧客に利益が生じたように記載されていたわけではないことは、原告も自認しているばかりか、原告は、本件取引の以前にも、証券取引をして損をした経験を有していること(原告本人)に鑑みると、Bが原告に対して、右ノートを示したことをもって、断定的判断の提供があったということはできない。また、この他に、Bの原告に対する勧誘に際し、断定的判断の提供があったと認めるに足りる証拠はない。

2  過当取引

一般に、証券会社又はその従業員が、① 顧客の口座を実質的に支配し、② 詐欺の目的により又は顧客の利益を無謀に無視して、③ 顧客をして、右口座の目的や性質に照らして過度な取引を行わせた場合には、証券会社は顧客に対し不法行為責任を負うものと解することができる。

これを本件について見るに、証拠(証人B、原告本人)によれば、被告の従業員であるBは、本件取引の当初より、原告から、原告が被告において設定した口座の取引を一任され、以後、Bの実質的判断により、殆どの本件取引がなされたことが認められるから、Bは、本件取引の当初より、被告における原告の口座を実質的に支配していたということができる。また、本件取引の内容を見ると、別表記載のとおり、買付当日やその後数日間のうちに決済された取引が多数存するほか、いわゆる年次売買回転率が一二・七回(一億五六九八万八六六六円÷八七〇万一五九七円÷一七月×一二月)、平均月間売買回数が一二・五回(二一四回÷一七月)に達していて、極めて頻繁に取引がなされていたということができる。その結果、被告は手数料として、原告の投資額の約四〇パーセント(〔一八八万一三五九円+一六〇万〇七二〇円〕÷八七〇万一五九七円)に当たる金員を収受することになっていること、Bは、結果的に手数料稼ぎと言われても仕方ない取引になっていることを自覚しており、原告から「手数料稼ぎばかりではないか」との苦情を受けても、短期決済による取引を改めようとはしなかったことに照らすと、Bにおいて、顧客である原告の利益や意向より、被告の利益や自己の営業成績を重視する傾向があったことは否めない。

そうすると、本件取引は、全体として違法性を帯びるものであって、被告の業務の一環として本件取引を担当したBの行為は、原告に対する不法行為を構成するものであって、Bの使用者である被告は、民法七一五条に基づく責任を免れない。

二  争点2(原告の損害)について

1  原告が被告に対し、本件取引に関し、合計八七〇万一五九七円を支払ったことは、当事者間に争いがないから、原告は、本件取引により、右同額の損害を受けたことになる。

2  ただし、原告においても、被告から送付されてきた売買報告書や月次報告書を見れば、Bの判断により頻繁な取引がなされていることを容易に知ることができ、遅くとも平成八年九月ころには、手数料稼ぎの取引がなされているのではないかとの疑念を抱くようになり、さらには、遅くとも平成九年五月には、一任取引は証券取引法上違法な取引であることを知ったにもかかわらず、同年一一月まで、Bに対する取引の一任を撤回することがなかったものであるから(甲一ないし一三六、証人B、原告本人)、本件取引における損害の拡大について、原告にも一定の過失があるといわざるを得ない。そうすると、Bの側から原告に一任取引を持ちかけ(原告本人)、手数料稼ぎと目されても仕方のないような過当な取引をしたことを考慮しても、損害の公平な分担という見地から、本件に顕れた一切の事情を勘案して、四割の過失相殺を行うのが相当であると解する。

したがって、前記1の八七〇万一五九七円の六割に相当する五二二万〇九五八円から、原告が被告から返金を受けた三〇二万七一一八円を控除した二一九万三八四〇円に、弁護士費用としてその約一割に相当する二二万円を加算した二四一万三八四〇円が、被告が原告に賠償すべき金額となる。

三  よって、原告の本訴請求は、二四一万三八四〇円及びこれに対する不法行為の後の日である平成一〇年五月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 村田龍平)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例